中山道自転車の旅 3日目 加納宿(かのうしゅく)~大湫宿(おおくてしゅく)、ルートイン恵那
中山道3日目は、岐阜駅近くの岐阜ワシントンホテルプラザからスタート。今日は走る距離が少し長い。と、言うのも伏見宿~大湫宿の間に宿泊施設がないため、恵那市まで一気に走ることにした。恵那市市内のホテルを予約してある。ただ、長いと言ってもガイド本から計算すると70km程度だった。それほど急がなくても十分走破できる距離だが、しかし・・・
岐阜ワシントンホテルプラザをスタート。ガイド本によると、伏見宿~大湫宿間は「宿泊施設は細久手宿の大黒屋1軒のみ」
ホテルを出ると雨がパラパラと降っていた。しかし、合羽を着るほどではない。岐阜駅を横に国道を走り「ここか!?」と目星を付けて左へ曲がる。市街地の道は入り組んでおり、ガイド本の地図では道がよく分からない。どうやら、ひとつ手前で曲がってしまったみたいだった。大手門跡で旧中山道を確認。無事、中山道に戻ることができた。
加納宿(かのうしゅく)では、各曲がり角に中山道の道しるべがあり、道に迷うことはなかった。大手門跡から旧中山道を少し戻る。すぐに、ウナギ屋の二文字屋(にもんじや)。昔は旅籠屋だったらしく古くい建物だ。もう少し戻ると本陣跡の石碑が立っていた。どうも、岐阜市内は再開発が進んでいて昔の面影は残ってなさそうだった。
県道181号を走り、やがて国道21号に合流する。だんだんと雨が強く降りだした。Tシャツが濡れて肌にまとわりついてくる。このタイミングだな! 9時30分ついに我慢できず合羽を取り出す。なかなか着るタイミングが難しい。雨が弱いと体が冷えないので、汗をかいて蒸れてしまい「雨に濡れてた方がマシだー」って事になってしまう。
鵜沼宿(うぬましゅく)に到着。宿場の入口には、「宿場内はクルマの通り抜け禁止」と書かれていたが、クルマの交通は多かった。宿場に入ると脇本陣がキレイに復元されている。最近、復元された建物が多いのだろうか? 宿場全体がキレイで作られた印象がある。工事中の建物も見られる。少しガッカリだ。
雨宿りも兼ね、脇本陣の軒先に自転車を止め休憩する。復元された脇本陣は資料館となっていて無料で一般公開されている。折角だからと中に入るが、全身雨で濡れていたので、部屋の中に入るのは遠慮して中庭から建物の中を眺めるだけにした。外に止めてある自転車を見た資料館のおじさんに「これから東に行くの?」と声を掛けられた。中山道を自転車で旅する人は多いのだろうか?
鵜沼宿を後にしてしばらく進むと、うとう峠の入口。入口には石碑が立っていた。この先、坂は急だが舗装された道が続く。雨が強く降りだした。峠の頂上付近か? 「日本ラインうぬまの森」の案内板が目に入った。ちょっとした広場と建物。前に休憩所が建っていた。自販機でジュースを買って少し休憩。再び舗装路に戻り先に進むのだが・・・
道に迷ってしまった! ほとんど一本道だったと思うのだが・・・ 中学校の体育館の横で雨宿り、スマホで現在地をチェックする。ガイド本の地図とスマホの地図を見比べるが、正しい道が分からない。「池を右にまわりこむ」とガイド本の地図には書かれてある。とりあえず池を目指し走ることにした。
少し大きな道に出た。雨が一段と強くなる。スマホの地図で再びチェックするが・・・ どう行けば、池の左側に行けるのか? さっぱり分からなかった。このままでは埒が明かない。とりあえず峠を下って国道に出ることにした。下へ、下へと走る。雨はドシャ降り、この日のピークの降り方だった。
国道21号に出る。国道に出るには出たが、どの辺に出たのか? 焼肉屋の駐車場でスマホの地図をチェックする。そして、我が目を疑った。なんと、うとう峠の入口に戻っていたのだ。体中から力が抜けていくのを感じた。
もうこうなったら国道21号を突っ走るしかない。
木曽川に沿って国道21号を走る。途中、ローソンで食事と休憩をする。すでに11時30分。やばい! まだ、加納宿と鵜沼宿しか行ってない。まだ、距離にして50kmほど残っている。今日の後半には峠越えもある。急がねば!!
大田宿(おおたしゅく)には、深田神社を目印に国道21号を走り、神社から右に国道を離れる。保育園、小学校の横を走り国道の高架を潜ってすぐ左に曲がると大田宿の石碑があり、右にカーブして宿場内に入る。古い家屋も残っていて雰囲気はいい。大きな駐車場が整備されている。この日は観光客の姿は見られなかったが、休日は多くの観光客で賑わうのだろうか。大田宿中山道会館で休憩。雨は小降りになっていた。
次の伏見宿(ふしみしゅく)へは木曽川を渡って国道21号を走る。途中、旧国道21号へ曲がるのを、間違えて国道21号をまっすぐ行ってしまった。少し戻って明智駅の横を通って伏見宿へ向かう。中山道の宿場には昔の雰囲気を残している宿場は多いが、伏見宿ではそれは見られなかった。小さい広場の一本松公園と本陣跡の石碑を見て次の宿、御嶽宿(みたけしゅく)へ向かう。
国道21号を走り、中交差点から右へ。またまた、道に迷ってしまった。雨で視界が悪いせいだろうか。今まで多く見かけた道しるべが見つからない。スマホの地図を屈指してなんとか御嶽宿に着くことができた。
次の細久手宿(ほそくてしゅく)へは国道から大きく離れ、いよいよ中山道の真骨頂、山道に入っていく。「牛の鼻欠け坂」と呼ばれる急な登りの峠道を自転車を押して登る。さらに謡坂(うとうさか)の石畳の道と登りが続く。ハイキングコースを歩いて抜け舗装道路に出た。ようやく自転車に乗れる! 細久手宿へ。
雨はほとんど止んでいた。細久手宿にはあまり古い建物は残っていなかった。旅籠・大黒屋の前の駐車場で合羽を脱ぐ。Tシャツは、ぐっしゅりと汗で濡れていた。近くのタバコ屋の自販機でジュースを買う。お金を入れると、「今日も暑いですね」と自販機が喋った。ジュースを飲み、少し休憩して走り出す。風が肌にあたり気持ちいい。もっと早く合羽、脱げばよかった。
県道65号はのどかな山間の道だった。途中、左にそれる。しばらく走ると田園風景が広がった。そこで前から一人、30代だろうかリックを背負った男性が歩いてくる。服は雨で濡れていた。旅人だ! 「こんにちは」と挨拶すると、「細久手宿はこの道でいいのですよね?」と聞いてきた。この先、迷うような道があったのだろうか? 不思議に思った。どうやら県道65号を通るのが正しいルートみたいだ。ガイド本には「中山道は直進、東海道自然道を行かぬよう注意」と書かれていた。道しるべの通りに走って来たのだが・・・
やがて「中山道は直進…」って所で、県道65号に合流した。少し走ったと所で今度は正真正銘、中山道は左だ! 琵琶峠の石畳に入っていく。
全長600mの石畳の道は日本一長いといわれている。自転車を降りて歩く。ゴツゴツとした石が敷き詰められた石畳は雨に濡れてて歩きにくい。舗装道に出た。抜けた! と思ったら、向かいに石畳の道が伸びていた。日本一はダテじゃない。20分歩き、琵琶峠の石畳を抜ける。
大湫宿(おおくてしゅく)に到着。もうすぐ午後5時をまわる。だいぶ時間には余裕をもっていたつもりだったが、今夜の宿の恵那市内のホテルまではまだ約14kmほど残っている。急がないと日が暮れる。峠の山道で暗くなっては大変だ。宿場の終わり、大湫郵便局の前でおばちゃんに声を掛けられた。道に迷っていたわけではないのだが、「大井に行くのかい? それなら、そこの寺の横の道だよ。」と教えてくれた。
ここからは十三峠の峠道だ。また、自転車を押して行かなければならない。いきなり急な登り。しばらく登るとすぐに下りになった。何だ、大した事なかったな! 後は下りかーー。と、思ったらとんだ勘違いだった。下り坂とはいえ自転車で走れるような道ではない。これはキツイぞ! 十三峠の峠道は、ほとんど未舗装の道で、石畳の道あり、自然歩道ありのハイキングコースでとなっている。自転車は押して行くしかない。
ようやく大きな道に出た。国道418号だ。午後6時、深萱立場跡に到着。大湫宿を出てからすでに1時間たっていた。6kmほどしか進んでいない。この先、しばらく舗装路を走るが、また峠道へと入っていく。またまた登る。
6時40分、ようやく峠を越えた。「是より西、十三峠」と石碑が立てられている。約1時間40分、峠道を走った。いや、歩いた。登り下りの十三峠は「十三峠におまけが七ツ」と呼ばれた難所らしい。なんとか明るい内に攻略できました。高速の高架下を潜り、踏切を渡る。しばらく走り橋を渡ったところに中野観音堂。大井宿(おおいしゅく)の入口だ。
恵那市街地に入り、中山道大井宿広場。だんだんと薄暗くなってきた。ライトを自転車に装着。大井宿の散策は明日に回しホテルへ向かう。ルートイン恵那に着いたのは午後7時15分だった。
本日の走行データ
走行距離:86.9km 平均速度:7km/h
(*) 4日目、妻籠宿にて写真データを消失した為、写真なし
注)この記事は中山道自転車の旅から帰った後に書いております。