みちしるべ2

元トヨタ期間工が田舎でゲストハウスを経営!日本でゲストハウスは馴染まないのか?

中山道自転車の旅 2日目 鳥居本宿(とりいもとしゅく)~河渡宿(ごうどしゅく)、岐阜ワシントンホテルプラザ

     中山道自転車の旅

中山道の旅(2日目)

中山道の旅2日目は彦根駅近く、彦根ステーションホテルからスタート。午前7時30分にホテルを出る。東海道の旅のときと違い、随分と遅いスタートだ。1日の走行目標を60~70kmとしたので朝もゆっくりできる。もう一つ東海道のときと違うのは、今夜の宿はすでに予約済ってことだ。1日の移動距離が短いので「たどり着けませんでした」って事もないだろう。東海道の時は、行ける所まで行ってから宿を探したが、今回は前日の夜に宿を探して予約することにした。天気もまずまず。雨は降っていない。

明日以降の天気
週間予報では雨が降りそうだが・・・


鳥居本宿と摺針峠

ホテルを出て鳥居本宿(とりいもとしゅく)へ向かう。国道8号を走って鳥居本駅から旧中山道に戻ろうと思っていたが、国道には歩道もなく自動車の交通量も多い。自転車で走ろうと思えば走れるかもしれないが、ここは断念。昨日、中山道から離れた交差点まで戻ることとなった。

中山道に戻り小野町を抜けていく、ここ小野町は小野小町の出生地である。鳥居本宿は合羽の生産で知られ、合羽の形をした古い看板が今も残る。本陣跡と脇本陣跡。ふと横を見ると鳥居本駅は見えた。一目、見て「あっ、ぽっぽやだ!」と思った。なんとなく駅舎の雰囲気が似ている。なんとも可愛らしいその駅は映画から抜け出たようだった。その先、中山道は右に大きく曲がる。曲がり角には今も「赤玉神教丸」を販売している有川家の屋敷が建っている。

摺針峠越え

国道8号にぶつかる。そこには摺針(すりばり)峠入口の石碑が立っていた。摺針峠の登り道はきれいにアスファルトで舗装されている。が、中山道の道しるべは、横の未舗装の峠道を指していた。よし! 峠道を行くぞ! しばらくは緩やかなの登り、峠道には木が茂りその中を自転車を押して進む。天気もよくなり日ざしが強い。峠道は木陰に隠れてヒンヤリ涼しく気持ちよかった。しかし、徐々に坂がきつくなり道も荒れていく。アスファルトの舗装路に合流する手前では軽いクライミング状態となり、自転車を担いで登った。クモの巣が顔にまとわり付く。汗がドッーと噴出す。全然、涼しくない!

舗装路に出る。道路を挟んですぐ再び峠道の入口。いきなり階段になっている。なるべく旧中山道を走ろうと思っていたが・・・見なかった事にして舗装路を行く。ちょっと上ると、すぐに下りになった。集落を抜け三叉路に出る。高速道路の横を走り番場宿(ばんばしゅく)へ。先にトンネルが見えた。トンネルの中を抜けるのかと思ったら、トンネルの上を越える。マジか?中山道。

トンネルを越えてからは下り坂だ。やがて、番場の宿場内に入る。番場宿は一直線に坂道が伸びてる。ずーと下り坂だ。自転車は、こがなくてもグングン、スピードがのってくる。番場の町並みが猛スピードで流れていった。風が気持ちいい。今日はとにかく暑く、日ざしが強い。天気予報は曇りじゃなかったっけ・・・。途中、本陣跡の石碑など見つける事ができたが、僕の番場宿の印象はず~と坂道ってことだった。

久礼の一里塚

番場宿の下り坂を下り、高速道路の高架下手前に久礼(くれ)の一里塚。高架を潜りこの先で道に迷う。中山道はサイクリングコースとなっていた。サイクリングコースの案内に従い先へすすむ。醒井(さめがいしゅく)宿へ。

醒井宿

醒井宿は街道に沿って小川か流れている。2本の橋を過ぎると美しい町並みが現れた。「わっ!京都みたいだ」と思った。京都のイメージは自分が勝手に描いたものなのだが・・・ 町並みが上品に思えた。街道に沿って流れる川のせいだろうか。西行水、十王水、居醒の清水などの湧水を集めた地蔵川は、透明度がすばらしく美しい流れだ。

五人ほどの観光客がカメラを構え町並みを撮影している。今まで訪れた宿場では見られなかった光景だ。京都ナンバーの赤いクルマが止まっていた。京都からの観光か? しかし、街道沿いに路駐するのはいかがなものか?

宿場を抜けると国道との合流地点手前で右に曲がり少し登る。やがて国道21号に合流する。国道21号は歩道がなく、かなり交通量も多い道である。少し走ると左にラブホテルは数件並んでいる。そこから左に国道から離れる。柏原宿(かしわばらしゅく)へ。

柏原宿

柏原宿へ入ると、柏原宿と書かれた小さな提灯が街道沿いの家の玄関先に下がっている。ふと、人力車が目に入ってきた。柏原宿歴史資料館だった。ここらが宿場の中心のようだ。奥の方に資料館、右に人力車が展示してあり、左が喫茶店となっていた。柏原宿は1.4キロに及ぶ宿場で古い家屋も多く残っていて雰囲気もいい。

後ろから京都ナンバーの赤いクルマが追い抜いて行った。醒井宿に止まってたクルマだ。少し徐行していたが止まらずに行ってしまった。今日はとにかく暑い。クルマから降りたくなかったのだろうか?

今須宿

滋賀県と岐阜県の県境を過ぎ、踏切と国道を横切って今須宿(いますしゅく)へ。残念ながら今須宿はあまり印象に残っていない。今須峠も難なくクリア。関ヶ原宿(せきがはらしゅく)へ。

関ヶ原宿

国道と合流してすぐに西首塚。関ヶ原宿は国道21号を突っ走った。再び国道から分かれて松並木を抜ける。中山道にも松並木が多く残っている。

中山道の宿場には、古い家屋が多く残っている。次の垂井宿(たるいしゅく)、赤坂宿(あかさかしゅく)にも古い家屋は残っていたのだろうが・・・ 残念ながらあまり印象に残っていない。写真が残っていれば(*)、いろいろと思い出す事もあるのだろうが・・・

垂井宿

垂井宿(たるいしゅく)を抜ける。相川を渡ったところで道を間違えた。中山道には、街道を案内する道しるべが多く設置されている。行政区が変われば道しるべの形も変わって面白い。岐阜県に入ってからだろうか、「この道は中山道です」という道路標識が見られるようになった。この標識を見つけると「この道でいいんだな!」とホッとする。

赤坂宿

赤坂宿では「五七」と看板が出ている店があった。五七とは赤坂宿が中山道57番目の宿場だから(日本橋を含めて)。宿場の終わりは火の見櫓が建っていた。

美江寺宿

呂久(ろく)の集落を抜ける。揖斐川(いびがわ)を渡ると田んぼが広がっている。道が分からなくなった。スマホの地図で現在地を確認する。美江寺宿(みえじしゅく)では、本陣跡の他、石碑を数個みつけることができた。。美江神社から左へ、河渡(ごうどしゅく)宿へ向かう。

河渡宿を抜けると長良川に出る。堤防の上の道に上がると河渡宿の常夜灯のモニュメントが見えた。さて、今日はこれで終わり。河渡橋を渡り岐阜市内へ。今日は岐阜ワシントンホテルプラザを予約している。

岐阜市内へ ガイド本の地図

市街地に入ると正確に旧中山道を走るのが難しくなる。ガイド本の地図が簡素すぎるのだ。これで分かる人は天才である。旧中山道を走るのを諦め、腹も減ったので食事する事にした。スマホで近くの飯屋を探して・・・何故か、松屋に入ってしまった。牛丼を食ってスマホの地図で確認すると、偶然にも前の道が旧中山道だった。ここから再び旧中山道を走り岐阜駅を目指す。

ガイド本の地図検証
ガイド本の地図をGoogleマップと重ねてみた。一応、正確ではあるようだ。

岐阜ワシントンホテルプラザへ

15:15 岐阜ワシントンホテルプラザに到着。意外と早く着いてしまった。もっとゆっくり観光をすればよかったと反省する。今日は日ざしが痛かった。肌が真っ赤に日焼けしている。まだ、雨が降ってくれた方がマシだ!
夕食はホテルの1階のレストランで頂いた。ボリューム満点のハンバーグ定食でうまかったで~す。

本日の走行距離データ
中山道2日目走行データ
移動距離:69.7km、平均時速:9km/h。平均速度が東海道の時と変わらない。もっとゆっくり観光せねば!
しかし、写真がないとブログを書くのがとてもツライです。

(*) 4日目、妻籠宿にて写真データを消失

注)この記事は中山道自転車の旅から帰った後に書いております。

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